fade










陽光の下、空の青を映して、

衒いなく、曇りなく。


先ほどからぴくりとも動かないそれを仕方なく眺める。自分とはあまりに異なる色素の薄い髪。念入りに手入れされているのだろうそれは真昼の日光を集めて普段よりも透けて見えた。
まだだろうか。
内心でため息をつきながらも、一応の礼儀で口には出さない。
見下ろす位置にある頭を見遣って、綺麗なだけの飾りだな、と半ば感嘆するように思った。
いきなりそれが大きく揺れて、視界から消える。慌てて目線をあげると硝子球のような青にぶつかった。陽光の下、翳りの欠片もない透き通った青は何度見ても不可解だ。眼としての機能を本当に有しているのだろうかと疑問に思う。まともに視線がかち合ったせいか、青い硝子がわずかに驚き、それから幾度か瞬いた。驚いていることを隠そうともしないその表情が目の前の人物を年齢以上に幼く見せる。年下の自分に
『幼く見える』などと思われてしまうところが、この人のどうしようもないところだ。と、これも勿論口には出さない。黙ったまま醒めた目で見つめていると、向き合った相手は思い出したかのように不機嫌な表情をつくった。
「次はおまえの番だ」
目線と一緒に白い手が動いて、漆黒の駒を動かす。怒ったような声も酷く子供じみていて、笑ってしまいそうになる。
置かれた駒を確認して、また溜め息をつく。あれだけ考えてこれか。
もう胸のうちには同情を通り越して憐憫の念さえ生まれていた。
さして思い悩むこともなく、駒に手を伸ばす。
悩むべきことは他にあるような気がしてならない。
いわく『七年という歳月とは。』。
余裕をしめそうと紅茶に伸ばした彼の手が止まる。思い切り固まった表情をちらりと見てから、視線を庭に向けた。
あぁ、ナナリーが楽しそうだな。
それから、口元に手を当て深刻そうに盤上を睨む人物に視線を戻す。
あぁ、この人は本当に駄目だな。
と、感慨深くそんなことを思った。



「『勝負』は終わりましたか?」
庭に咲く花々をそのまま引き連れてきたかのように柔らかい香りをまとって、ナナリーが微笑む。軽く背伸びをして白いテーブルに小さな手とあごを載せる姿は、わが妹ながら愛らしい。
「うん、ナナリー。終わったよ」
可愛い妹の髪を優しくなでる。ミルクティの色をしたその髪は自分よりも彼に似ていて、少し悔しい。
「ルルーシュは本当に性格が悪い」
憮然として言う異母兄は悔しさを前面に押し出して、恨めしげに睨んでくる。
あなたは本当に頭が悪い、と仕返しのように心の中で言い返した。
さすがにナナリーもこの頃は『どちらが勝たれたのですか?』とは訊かなくなった。
人間は学習する生き物だ。例外はあるけれど。
「でしたら、一緒に遊べますね」
満面の笑顔で笑う妹に頷き、その手をとって椅子から立ちあがる。
「クロヴィスお兄様も」
反対の手を差し伸べて笑いかけたナナリーに、彼はぱちぱちと瞬く。
困惑したようにこちらを見るので、不本意ながらも頷いた。ナナリーが望むなら。
それを見てクロヴィスは少し戸惑ったように目線を泳がせ、そして首を振る。
「いや、いい。ぼくはここで見ている」
ナナリーの表情が暗くなる。クロヴィスはそれを見て、慌てて言葉を継いだ。
「いいから、二人で行っておいで」
やんわりとナナリーの背を押して、マリアンヌ様が待ちわびておられるよ、と笑った。
名残惜しそうに振り返るナナリーの手をひいてテラスから庭に出る。
「お誘いしてはいけなかったのかしら」
不安そうな妹に、そうじゃないよ、と笑ってやった。



母が微笑む傍でナナリーと花を摘んだ。陽の光がキラキラと輝いて、花園を優しく包む。
先ほどまでいたテラスに眼を向ければ、金の髪の少年がこちらを無心に見つめていた。
幸福な午後。色褪せ、それでも消えない光景。



そう、たしかに貴方は、そこにいた。



あの日の陽光をそのまま閉じ込めて。



「貴方の目には、こんなふうに映っていたのか。」



色褪せてしまった自らのそれと、
鮮やかなまま、いま手の中にある彼のそれ。



最後に残った一滴の涙が、頬を伝って、地に落ちた。



そして おれは 敗北を 知る。











(芋づる式)