わざと落としたガラスの靴










初めてお目見えしたとき、彼らは途轍もなく孤独であったことを今でも鮮明に覚えている。世界は彼の兄妹を吐き出し、小さな小さな箱庭の外を知った幼い二人は自らの運命を真摯に理解したのだろう。その瞳は兇暴で、周りのものを一切寄せ付けない光を放っていた。幼い兄妹、特に漆黒の髪に紫電の瞳を持つ兄・ルルーシュは妹・ナナリーを守るように立ちはだかり、その小さな背中に彼の世界の総てを背負っていた。
どう謝っても償いきれないもの。そして、それを私たちが背負うことは赦されなかった。共に背負うことにより、少しでもこの身を彼の人に捧げることにより、この身の犯した罪を我が身を持って贖うことが出来たならば…。しかし、ルルーシュとナナリーは知ってしまった。この世の罪深さを、この世の孤独を、この世の真実を。それが彼らの望んでいたことでなかったとしても、だ。嗚呼、世界はなんて理不尽なのだろうか。この世の至極の存在を、自ら葬ってしまう世界は。そして、その世界を変えようとする主を守り従うことこそが、自分に課せられた運命であると。この先何があっても、孤独を知った皇子と皇女を最後まで守り抜き付き従うと、頭上に届いた数万年前の光粒にミレイは固く誓った。

「ルルちゃん、これ例の資料〜」
「ああ、有難うございます」
放課後の生徒会室は、専ら役員たちの溜まり場となっている。勿論仕事もしているわけだが、殆どが寛ぐ時間へと注ぎ込まれていることは否めない。温かい紅茶に仄かな甘みが絶品のマドレーヌ。決まったように準備されるティーセットは、ルルーシュ御用達の有名ブランドのもので。只の生徒会室に用意するような代物ではないそれは、ルルーシュが手に取り口に運ぶ時だけ本来の輝きを取り戻していた。
「それにしてもさ、ルルーシュってほんと王子様キャラだよな〜」
少し気の抜けたようなセリフを吐いたのは、リヴァル・カルデモンド。中途半端に伸びた蒼髪が印象的なその青年は、ルルーシュがアッシュフォード学園へ転入してきた時からの悪友だ。何かにつけて彼と行動を共にしており、ついには、リヴァル自慢のバイクにルルーシュ専用サイドカーが設置されている。
「ルルーシュってなんか気品が備わってるのよね」
そう、溜息を吐くようにリヴァルに賛同したシャーリーは、手元にあったカップとソーサーをくるくる回しながらルルーシュへと視線を向けた。
「何云ってるんだ、お前らは…。そんな暇があったらさっさと手を動かせ」
そう云いつつ彼が持ち上げたカップの中の紅茶からは、未だ湯気が立ち上っている。熱そうなそれを慣れた手つきで持ち上げ口元に運ぶ仕草は、対象が誰であろうと見とれてしまうくらいに様になっている。シャーリーの口から、思わず大きな溜息が零れた。
「どうしたの、シャーリー?」
「…かいちょう……だってルルーシュってば、私なんかより一つ一つの動作が本当奇麗なんですよ…!!私だって、これでも一通りの作法を叩き込まれたのに…」
「まあ、ルルちゃんは別格だからね〜」
「〜〜〜っ!それでもっ!」
未だ何か納得できないシャーリーは、悔しそうな眼でルルーシュを睨み付けた。問題のルルーシュは何てことはないと、一人涼しげに紅茶を啜っている。熱そうなそれを表情一つ変えずに嚥下している姿に、流石ルルーシュと一人感心しながら眺めるカレンがいた。
「まあ、でも、ルルーシュは本当に王子様みたいよね〜」
「……会長まで…一体どうしたんですか」
心外だとでも云わんそうな表情をこちらに向けるルルーシュすら、何か違うオーラを醸し出しているようで。
「いや、だってほら、ルルーシュって見た目も動作も、確かにお伽話に出てくる王子様みたいだし」
「僕らはまるでシンデレラ…ってね」
「って、リヴァルがシンデレラになってどーすんのっ!」
恨めしそうな視線を向けるシャーリーに、リヴァルはアハハと軽い笑いを向ける。そんなリヴァルにニーナは云った。
「……でも…ルルーシュくんは、シンデレラの硝子の靴は拾わないんじゃない…かな」
「ああー、確かに」
「まあ…ルルーシュくんって、確かにどこか無愛想な感じが…しなくもないような……」
「……〜〜〜っっっ!!!そんなことないっ!そんなことないよね!?ルルッ!?」
いつの間に自分がシンデレラの王子様になってしまったのか。人のイメージを自分勝手に膨らませ人物像を走らすのは生徒会メンバーの凄いところだ、などと一人納得しながら、ルルーシュは手に持っていたカップを口元へと運んだ。
「ごめんごめん。シャーリー、焦り過ぎだって」
いつのまにか参戦してきたカレンにまで云われ、軽率な行動の過ぎるリヴァルの言動に涙目になっていたシャーリーに、リヴァルとニーナ、カレンは宥めの体制に入っている。
そんな彼らの笑い声に目を細めるルルーシュの横顔を、ミレイは唯一人、表情に移さず眺めていた。嗚呼、こんなにも心虜にするような華があっただろうか。今にも壊れてしまいそうな、脆く儚い笑みは、確かにこの世のどんな美麗も敵わないだろう。
彼女の視線に唯一気付いたルルーシュは、そっと周囲にはわからないように視線を交えてくる。一瞬の逢瀬のようなそれに、微かに彼へ残していった自分の証に気付いて貰えたことへの悦びが、胸を締め付けるようなものを感じる。
その亡きマリアンヌを映したかのような儚い微笑は、ミレイの心深くに何かを残していった。










ねえ、お願いよ。…お願いだから、拾ってよ。私の唯一の存在の証を―――

(yui)